バイヤーと権力と腐敗~やがて哀しき人文系(1)

バイヤーと権力と腐敗~やがて哀しき人文系(1)

「もう・・・そんなこと聞かないで下さいよ・・・」

あるとき、とある営業マンに関するアンケートがまわってきたことがある。

「360度調査にご協力下さい」とその文面は謳っていた。

その営業マンの素性はどうか?直属の上司だけではなく、客先にも聞いてみようという趣旨であった。

そのとき入社2年目であった私は、所属課長からの依頼を受けた。

「忙しくて、このアンケートに答える時間がない。だからこれを代わりに回答しておいてくれ。web上で回答できるようになっているから、私の名前で返信してくれて大丈夫だ」

私は、依頼された仕事を粛々とこなした。

最初は「この営業マンの仕事の基本的なスキルはどうか?」から始まって、「リーダーシップは?」まで続いていった。

私は、この営業マンに好意を抱いていなかったこと。加えて、直近の仕事でおよそ熱意というものが感じられなかったは否定できない。

したがって、最後の自由記述のところに、かなり否定的で、かつその営業マンを批判するようなことを書き上げた。

<お世話になっております。

さて早速ですが、現在御社より「○○さんの評価に関するアンケート」を私宛に頂いております。数問とも回答差し上げましたが、今回肯定的な意見を差し上げるのは遠慮させて頂いてよろしいでしょうか?

営業マンの対応等の項目がありますが、そもそも御社営業の方はあまりお越しになっておられませんし満足な回答を書くことができません。

また、営業マンの知識・価格低減についての対応に関しましても弊所・設計/購買・資材からの依頼については全くなしのつぶてであり御社の実力が正直言って分からないのです。

御対応も決して「よい」とは言えず、ある設計者などは御社営業マンのあまりの対応の酷さに「新規品は見積出さない」と言い切っているくらいです。

私も経理上から原低協力が必要なのです、と申し上げたところ「経理の人は簿記とかには詳しいでしょうけど、製品のことは分からないから口を出さなければいいんですよ」と言われたときには閉口しました。ですから、現在弊所としましては御社の製品だけを切り取って評価するだけの冷静さも持ち合わせてはいません。上記の理由をどうか御取り計りいただきますよう心から御願い申しあげます。

御社工場の方々は素晴らしい方が多いのは知っております。

また領域によっては他の追随を許さぬ技術力をお持ちであることまた業界の牽引役であることも重々承知いたしておりますので御気を害さられぬようよろしくお願い申し上げます>

・・・・

このアンケートがその企業の中で反響を呼んでしまった。

私としては、素直に書いたつもりだった。

いや、何も分かっていないがゆえに、あまりに正直に。影響や、どのような結果をもたらすかを考える度量など、なかった。

まず、最初にそのアンケートを実施した人事部門から電話がかかってきた。もちろん、私の上司宛に、である。私は「どういうことを書いたのか」と上司から聞かれたので、「一般的なことです。今度電話があったら、私までまわしてください」と伝えた。

その次に、その営業マンの上司から電話がかかってきたらしい。その方は「真摯に受け止めます」とだけ言った、という。

そののち、その営業マンの上司から私にも電話がかかってきた。「そちらに一度お伺いしたい」というので、私は「結構です。お気になさらず」とだけ答えておいた。

その数ヵ月後、批判の対象となった営業マンは、地方の支店に異動となった。そのアンケートが直接的な影響かどうかはわからない。

少なくとも、そのアンケート以降、社内からの叱責が相当あり、精神的にも大変なようだ、とある方が教えてくれた。

地方支店で支店長として勤務、ということになっていたが実際は二人しかいない営業所であり(しかも一人はアシスタント)、四国の片隅というところから左遷の色が強く感じられた。

・・・・

その営業マンが異動する前に、私はその営業マンの事務所の近くを通りすがったことがある。

電話でちょっと軽い挨拶をして、私はその営業マンの事務所にお邪魔することにした。

おそらく夕方の四時ごろだったと思う。定時の少し前だったのに、嫌がることもなく、その営業マンは素直に私を事務所に招きいれてくれた。

異動寸前の引継ぎ業務で忙しかったはずなのに、その営業マンの今までにない優しさが妙に印象に残ったのを覚えている。

私は、普段では考えられないくらい、世間話から話をはじめた。最近どうなのですか、から営業成績のことまで。ほんとうならば私がなんら気にしないことだ。

私は本当に訊きたいことを訊くのをためらっていた。「あなたはなぜ、異動することになったのですか」と訊きたかったのだ。しかし、私は訊くのを躊躇していたのだ。

ここ最近の大変さや、疲れた日常をその営業マンは話した。まるで、旧知の友人であるかのように。

あのどうもとっつきにくい、やる気のない営業マンの姿は影を潜め、そこにいいるのは一個人としての人間だった。

私は6時を過ぎ、もうそろそろ帰らねばならないときを見計らって、訊かざるをえなかった。

「ところで、今度異動なさるそうで」と。

すると、その営業マンは語りだした。

「そんなこと・・・きかないでくださいよ」

私は、続けて質問した。

「そうなんです・・・」

営業マンは黙り、ちょっとの間沈黙があった。

「どこかの取引先でミスがあったらしくて・・・私はそんなに見覚えがないんですけれど・・・どうやら評判がよくないらしくて・・・上司から関係部門からは散々ですよ。CSがなってないとか。営業の基本がなっていないとか・・・もう疲れてましてね。その挙句に、地方支店への異動ですから。どうなってしまっているのか・・・」

私は少し動揺した。しかし、その営業マンのアンケートをとった部署は、約束どおり回答企業の名前と担当者を、この営業マンに明らかにしていないのだ。だが、それだからこそ、私は胸が痛くなった。

「もう、私なんか・・・どうしようもないんですよ」。その営業マンはうなり始めた。

私はそのとき、心の中で非常に微妙な感情を覚えていた。

よく上司は「そんなにダメな営業マンだったら、他の人に代えてくれと要求しろ」といっていた。だけれど、代わって島流しにあう営業マンを見ることは大変つらいことだったのだ。

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