出版にまつわる可哀想な人たち(坂口孝則)

出版にまつわる可哀想な人たち(坂口孝則)

・出版裏話と、出版してから

調達力・購買力の基礎を身につける本」を書くまでは、出版なんて普通の人ができるわけじゃないと思っていた。この本は、編集者の鈴木徹さん(日刊工業新聞社)が、まったくの無名の私の原稿を読んで「面白いじゃん」と本にしてくれたものだ。だけど、売れるかどうかもわからない。そこで、原稿や図表は完全に私が作るのは当然として、さらに校正も編集者がやることになり、かつ初版はたったの2,000部だった。

運が良かったのは、その2,000部はただちに売り切れ、増刷になった。さらに運が良かったのは、日刊工業新聞社の年間売上のトップ10に入ってしまって(「入ってしまって」としかいいようがない)、お祝いのパーティーまで開かれた。

そこで幻冬舎の竹村優子さんと出会い雑談をしていると、「あなたの話は面白いから、一冊の本にしましょう」と言われた。そんな簡単に出版が決まるのか、と思った。それで作ったのが「牛丼一杯の儲けは9円」だった。

私が書いた「牛丼一杯の儲けは9円」は結局6刷までいって、同時に「調達力・購買力の基礎を身につける本」も9刷までいった。繰り返しになるけれど、「刷」とは、書店から在庫がなくなった(=すなわち売れた)ときに、追加で印刷することだ。この分は、当然ながら働かなくても収入になるわけなので、ラッキーだった。

しかし、問題なのはそれ以降だった。書くのに半年かかった「営業と詐欺のあいだ」はさっぱり売れず、これも半年かけた「調達・購買実践塾」も、ほとんど売れなかった。両本とも、結果的にはその後「面白い」といってくれる人が出てきたので増刷にはなった。だけど、初速は全然ダメだった。

このころ私がやった計算を述べてみよう。「営業と詐欺のあいだ」は「牛丼一杯の儲けは9円」が売れていたこともあって、初版12,000部も刷った。ありえない数字である。しかし、それ以上はなかなか売れなかった。本は一冊だいたい700円、印税は10%だったから、

12,000×700円×10%=840,000円

となる。84万円だからいいじゃないか、という人もいるだろうが、半年をかけていたのだ。これを6ヶ月で割ると、

840,000円÷6=140,000円

にしかならない。これじゃあ、居酒屋でバイトしていた大学生のころとおんなじだ。さらに、驚いたのは税金のことだ。33%もの税金がかかる。よって、さきほどの84万円は、

840,000×(1-33%)=562,800円

にしかならない。ここで、私はこれからどうすれば良いのかを考えていた。しかし、「牛丼一杯の儲けは9円」の余波は続いていた。

このころ、まったく無名だったはずの私のところに数々の出版企画が持ち込まれた。編集者から「読みました」とメールが届く、会うと「ウチでも一冊書きませんか?」といわれる。世間では「出版の方法」を教える高額セミナーがたくさんある。実に幸運だったのが、私のもとにはこのように企画を持ちかけてくれる編集者たちがたくさんいた。

ただし、問題なのが企画の内容だった。このころのメモがあるので、披瀝してみよう。

・「○○の利益は○円」で何か書けませんか?
・「コストダウンで会社は儲かる」で何か書けませんか?
・「利益創出の方法」で何か書けませんか?

この三つの組み合わせだった。要するに、「薄利の実態」「コスト削減手法」「ビジネスモデル」の三つだ。以前も書いたけれど、私は基本的に断らないので、次々にそれらを具現化していった。

そのなかで「会社の電気はいちいち消すな」はかなり売れた。勝間和代さんの本とセットで宣伝されたのがよかったのかもしれない。初版は2万部だったのに、翌週には増刷がかかった。最初は、同書のタイトルは「なぜ業績のよい会社の社長はヤセているのか」だった。信じられない。当時は、「なぜ~なのか」という定型句が流行だったのだ。

・出版にまつわるビジネス構造

ここで、いくつか出版に携わるようになってから気づいたことを書いておきたい。

1.出版は誰にでもできる

もし、出版を志す人がいたら、「(簡単な)企画書」「サンプル文章」を作って出版社に持って行ってみよう。出版社に友達や知り合いがいないと嘆く必要はない。マスコミ電話帳を使って「あ」から順に送ればいい。100社送っても2万円くらいだろう。そのうち、多くは会ってくれる。

ちなみに、出版は再販制度に守られている。これは本の価格を下げることができない制度だ。代わりに書店には無条件の返本が許されている。1000円の本を販売すると、出版社の取り分は250円で、書店は200円だ。出版社は流通させた時点でお金をもらい、返本分のお金を返す。おそるべき自転車操業ビジネスである。したがって、駄本であれ(失礼!)、出し続けなければいけない。

2.何が売れる本になるはわからない、だけど傾向はある

本の鉄板は「恋愛・セックス本」「金儲け本」「コンプレックス解消本」だ。これに出版したいテーマをあわせることが必要になる。哲学書も、もちろんヒットになることはあるけれど、大半は2,000部売るのも難しい。

では硬派なビジネス本を書きたい場合はどうするか? これにはストレートに答えることができない。わかっていれば、私はベストセラー作家になっているだろう。ただ、今のところの結論では、「作品」ではなく「ツール」に仕上げることだ。どういうことか。「作品」は世の中の構造やカラクリ、著者の思想を述べたものだ。これでは売れない。私が1年かけて書いた「1円家電のカラクリ 0円・iPhoneの正体」はビジネスの時代的背景を抉ったものだけれど、売れ行きは芳しくない。

「作品」ではなく、その思想をもとに、具体的に読者がどう行動していけばいいのか。それを手取り足取り説明していかねばならない。どんな手順で、どんな器具で、どの程度の期間を使って行動に移していくか。さらに、そこには著者の経験をふんだんに混ぜる必要がある。「調達力・購買力の基礎を身につける本」も、いま思えば、「ツール」だった。

3.出版で人生は変わらない、しかし

出版することで大金持ちになったり、メディアの寵児になったりすることはない(多分)。だけれど、それを超える喜びも、もちろんある。読者や編集者とのやりとりのなかで、自分の思考が研ぎ澄まされたり、あるいは異なるアイディアを思いついたりする。

もっといってしまおう。本を書くときに「どんな結論になる」と分かっている著者などほとんどいない。本を書くことによって、自分の思考の幅を広げていくのである。これはお金には替えがたい経験である。早稲田大学の野口悠紀雄元教授は「何か調べたいことがあったら、本を一冊書いてみなさい」と衝撃的なアドバイスをした。これは経験からは、かなり正しいアドバイスだと思う。

私は今年は、「自分に興味がある未知のテーマ」のみを引き受けて執筆している。次の本は光文社から出すのだが、「人生の大問題が簡単に解ける本」というものだ。なぜこの本を書くことにしたのかといえば、自分が悩んでいるからだ。そうであれば、深く考えるために、このテーマを引き受けた。持ち家か、借家か。転職すべきか、留まるべきか。借金はすべきか、しないべきか。年金や海外移住をどう考えれば良いのか。

印税のような露骨なことを語ってきたけれど、私がもっともいいたいことは次の一言で集約される。

「勉強好きなみなさん、自己の勉強のために、一冊本を書いてみましょう」と。

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