長浜キヤノンのFプロジェクトについて(坂口孝則)

長浜キヤノンのFプロジェクトについて(坂口孝則)

長浜キヤノンという会社がある。キヤノングループの調達革新を先頭にたって推進している。詳しい資料は一般公開されている(http://bit.ly/qImlED)。この調達革新は「Fプロジェクト」という名前で推進されている。バイヤー企業だけではなく、サプライヤーを巻き込み、かつ単に「机を叩く」コスト削減ではなく、生産性の劇的な改善をもってそれを成し遂げようとする稀有な試みだ。

具体的には、サプライヤーと長浜キヤノンが二人三脚となって、生産の改善活動を行っている。通常であれば、調達・購買が先導する調達革新とは「サプライヤーを集約する(という名のサプライヤーいじめ)」や「海外調達(という名の外遊)」がほとんどだった。しかし、この「Fプロジェクト」では、地道で、ちいさなちいさな成果を積み上げ、在庫削減からリードタイム短縮、不良率の低減までをやってのけた。

私は「稀有」といった。その意味は二つある。一つ目、生産部門が先導するサプライヤー改善活動なら他にもあったという意味。二つ目、調達・購買部門が先導する場合、表面上は「サプライヤーへの改善指導による生産性向上」と謳いながら、現実はサプライヤーから改善提案を提出させるだけで、一方向の改善活動であることがほとんどだったという意味。

この二つにおいて「稀有」な活動だった。実際に調達・購買部門がサプライヤーの工程に入り込み、そして実効なる生産性改善が伴わなければコストは下がらない(下げなくても良い)と彼らは覚悟した。思い出してみればいい。全国の多くの調達・購買部門は、「サプライヤーの育成・発展」といいながら、具体策をどれだけ持っているだろうか。工程にふらふらと遊びにいって、偉そうに指摘を繰り返して終わりではないのか。サプライヤー工場に5Sを指導するといっても、「トイレが汚いですね」程度しかいえなかったのではないか。

この「Fプロジェクト」では、動きに賛同するサプライヤーを中心として生産改善活動を徹底的に行なった。このプロジェクトでは、書籍「ザ・ゴール」のTOC(制約理論)さながら、工程のなかの一つひとつのボトルネックを洗い出し、それぞれの工程が1秒でも短くならないかを検討していったという。ビデオに撮影し、分析を両社で重ね、真なる工程へと、産みなおしていった。日本人の特徴が「愚直さ」と「真摯さ」にあるとすれば、その結晶のような試みだった。

しかし、この文章は長浜キヤノンの、あるいは「Fプロジェクト」の賛美歌ではない。ここであえて問題点を述べてみよう。長浜キヤノンは、「5,000社あったサプライヤーは3,000社にする」といい、「1兆円の調達金額を1割圧縮する」といった。

果たしてこれは達成したのだろうか。

新聞報道を見る限りはわからない。日本の調達・購買部門は伝統的に「コスト削減はやったよ。でも、それがP/L(損益計算書)に反映するかは別問題だよ」とかわしてきた。いや、もっといってしまおう。「調達・購買部門として、全社で1,000億円のコスト削減はしたはずだよ。でも、それで全社の利益が向上したかは訊かないでね」とのスタンスだった。調達・購買部門自体が、自分たちのやっているコスト削減活動が、どれほど会社の損益計算書に反映しているかを把握していないからだ。

調達・購買部門のうち、財務会計と管理会計の違いについて正確に語ることのできる人は少ない。さらには、調達・購買部門のいう「コスト削減効果」なるものは、調達・購買部門が勝手にでっち上げた価格を基準にしている場合もある。

誤解しないでほしいのだが、私は長浜キヤノンの「Fプロジェクトのコスト削減効果はなかった」といいたいわけではない。むしろ、大きな効果があっただろう。それは関係者の発言からも予想することができる。

ただし、ついでに勝手な予想なのだが、長浜キヤノンの調達・購買部門にとって、内部にたいする説明はかなり困難になることだろう。表向きには「5,000社あったサプライヤーは3,000社にする」「1兆円の調達金額を1割圧縮する」と宣言した。そして、調達・購買部門の資料上では、予想以上の効果を達成したかのように見えているはずだ(内部資料なんて見たことないからわからないけど)。しかし、長浜キヤノンのなかの経理部門や経営企画室からすると、その活動とP/L(損益計算書)のつながりがわからない。となると、「調達・購買部門は人員とコストを投入してFプロジェクトなるものを推進しているけれど、それが全社の利益改善には貢献していないのではないか」と意見を持つ人が出てくるはずだ(繰り返し、内部事情なんて知らないけれど)。そのとき、いかに説明するかが肝要であろう。

あえてここで暴論を申し上げる。

サプライヤー工程の改善結果が、その年あるいは翌年度のコスト削減効果として表出するはずないだろ、と。そりゃ、調達・購買担当者に訊けば「サプライヤーの工程改善すればコストは安くなる」というだろう。だけど、私がこのメルマガで連載していたとおり、「工場の工程改善と、見積り改善は別物だ」。いや、こんなこと、強調するまでもない。現場のバイヤーだったら、誰だって知っているだろう。現場を改善したからといって、それがすぐさま見積りに反映することなんてないことを。

サプライヤーの工程を改善することは、もっといえば、中長期的にサプライヤーのバイヤー企業への求心力を高め、そして見積りの価格レベルを下げる潜在力を持たせることだ。すなわち、ある種の「ロマンティシズム」なのだ。そして私は、その「ロマンティシズム」に賭けることを、どうしても肯定したい。なぜなら、調達・購買部門が「ロマンティシズム」に賭けずにどうする? 設計部門は目の前の開発製品のことを考える。生産部門は目の前の生産品について考える。調達・購買部門が将来の「ロマンティシズム」に賭けなければ、誰が先のことを考えられるだろうか。これは皮肉ではない。

「投資対効果(ROI)はじゅうぶんなのか?」「コスト効果はあったのか?」、こういうフレーズが常套句となって久しい。私は、この風潮のなかで、あえて「効果のわからないものにこそ投資せよ!」と書いた(自著「レシートを捨てるバカ、ポイントを貯めるアホ」)。企業はほんとうに1、2年のスパンで効果を測定して良いのだろうか。長期的な効果を考える必要はないだろうか。サプライヤーとの関係強化や、工程改善といった、中長期的観点に立たないと効果が測定できないものを無視して良いのだろうか。

「投資対効果(ROI)はじゅうぶんなのか?」と問われたら、「それはこの先何年かによります」と答えるしかない。「10年ですか、それとも20年ですか。おそらく20年後にはおそろしい効果が根付いていると思います。そんな短期間だけ考えて仕事をしていないですから」とも。

これは冗談ではない。工程改善やサプライヤーとの関係強化などは短期間で効果があがる種類のものではないと考えるからだ。それらの--短期間では答えのでない、ただ、長期的には着実に両社を高みにあげる--活動は、真摯な「どあほう」どもに支えられている。その「どあほう」たちを無下にして良いのだろうか。私はそう思わない。現在だけではなく、将来にささやかな希望を託すことこそ、調達・購買部門の役割の一つだと思うからだ。

日本各地の「どあほう」たちに捧げる。

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