ISM総会から考えたこと 最終回(牧野直哉)

ISM総会から考えたこと 最終回(牧野直哉)

2011年5月に開催されたISM総会レポートの最終回。今回は、製造業以外のテーマでは、いったいどんなことが語られたのか。そして、私にとってISM総会で得るものは、これからどのように考えて動くべきかの「きっかけ」であることをお話ししました。現地で語られた内容を元に、さらに普段接している情報源からもたらされる内容を加味して、現在進行形でどんな事を考えているかをお話しします。

今回は、東日本大震災の記憶も鮮明な中でのリスクマネジメントです。リスクマネジメントにおけるキーワードは

● Impact

● Likelihood

の2つ。特に印象的なのは、Likelihood(ありそうなこと、見込み、可能性)です。製造業関連のセッションの合間に覗いたリスクマネジメントのセッションでは、確かに大震災を象徴するような写真や映像が使用されていました。しかし、具体的に東日本大震災のような災禍へサプライチェーンとしての対処を明確に示してはいません。これには2つの理由が考えられます。

一つは、3月中旬に発生した事象へ、具体的な対処方法が見いだせなかったこと。大震災の影響と回復を述べる最近発表されたレポートを見ると「急速に回復する」といった見出しを目にします。確かにそういう面も実感としてあります。しかしそれはあくまでも復旧へのプロセスです。将来、抜本的にどのように備えるのか、との点は未だ闇の中です。そして、これはもう一つの理由へと繋がります。

それは、果たして東日本大震災規模の災害に備える必要があるかどうか、という問題です。今回東北地方を襲った震災の規模は、1000年以上前平安時代に起こったとされる貞観地震(じょうがんじしん)と同じレベルといわれています。であるならば、これから1000年くらいは同じような震災には見舞われない(だろう)、だったら今回の被災の規模を果たして想定する必要があるのかという点です。

企業経営において重要な継続性を検討する上では、1000年に一度の事とはいえ検討すること自体は意味があるかもしれません。様々なリスクに対応することは理想的な考え方です。例えば将来起こりうる災害に東海地震が挙げられます。そして近接した海溝では、東南海地震、南海地震も想定されています。この3つが連動して起こる可能性を指摘した文献もあります。(文藝春秋7月号「東海・西日本を三連動地震・津波が襲う」東北大大学院教授 今村文彦さん記事より)その地域は、太平洋ベルト地帯という日本の産業の中心があります。東日本大震災の規模の津波が、西日本を襲ったらどうなるかと考えると、確かに恐ろしい。では、どうすればいいのでしょうか。ちょっと考えても答えがでそうにありません。そして私は別のことが気がかりです。

これからの経営をどうするといった観点、そんな中で我々バイヤーがこれからどのように生き残っていくかとの視点で今を見たとき、大きな災害が発生する可能性よりもっと重要な事があると感じています。それは、今回の大震災のような災禍が、これから全く起こらないと仮定したときに、果たして日本の製造業が生き残ってゆけるのかどうか、との点です。

5月に行なわれたトヨタの2010年3月期決算説明会での、CFO(最高財務責任者)の発言を以下に引用します。

「昨今の円高、1ドル=80円という為替の水準は、正直、収益をあずかるCFOとしては、日本でモノづくりを続けうる限界とも感じています。いつまで日本のモノづくりにこだわるのか。すでに一企業の限界を超えているのではないか」

日本を代表する世界的な自動車メーカーの決算説明会での発言として、この発言はとても重みがありますね。かつて、この会社の社長が、急速に発展する新興国の追い上げについて質問を受けた際、賃金格差が6倍程度以内であれば、日本国内で生産すると語っていたのです。賃金という面では新興国と日本差は縮まっています。そんな中で、この発言内容の変化はどのような意味を持つのでしょうか。

Voiceという雑誌の7月号に片山修さんの『自動車産業が日本を捨てる日』という論文が掲載されています。この論文には日本に立地する6つの制約があげられています

1. 円高

2. 貿易自由化交渉

3. 法人税の高さ

4. 厳しい労働規制

5. 高い温室効果ガスの削減目標

6. 少子高齢化による国内自動車市場の縮小

詳細については、数百円(¥680)の雑誌ですのでご一読頂きたいと思います。ただこの6項目を見て感じるのは、いずれも東日本大震災とは直接的な関係がないことです。震災が起こる前から指摘され続けてきたことでもあります。トヨタの決算説明会では、CFOの発言を受け社長から同じ土俵で戦える環境整備を望む旨の発言が行なわれています。

さて、読者の皆さんはどのように感じられますか。私は次に備えるべき震災を挙げるとすれば東海地震と考えています。そして、連動して発生する可能性があるとすれば、東南海地震、南海地震も含めて考えるべきだとも思います。しかしグローバリゼーションの進展の中では、片山さんが挙げた6つの制約への対処の方が、より優先度が高いと考えています。日々の企業経営に与える影響が大きいのは、1000年に一度の災害よりも我々が置かれた環境で日々受け累積するものです。一回の影響は、確かに大きな災害の方が大きい。しかし、継続的な少しずつのインパクトも無視できないと考えるのです。

法人税、貿易自由化交渉、労働規制となると、なにか日本という国そのものが問題の根幹のように思えます。だから政治が悪いでは解決策に繋がりません。そもそも私は「他責」が嫌いです。片山さんが提起した6つの制約についても自分でどうしたらいいかを考えています。これから数十年大きな災害が起こらずとも、日本が今の豊かさを享受し続けられる見通しが立ちません。であるならば、起こるかどうかわからない震災よりも、今目の前の問題に取り組むべきと考えているのです。

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