● 一番大変な交渉相手

ある研修の冒頭にこんな事がありました。

「交渉って、社内交渉が一番大変だよね」

研修は、もちろん「交渉」についてです。交渉の手法を学ぶ場です。私のようなバイヤーのみならず、営業や技術者も集まっていました。そして、社内に対する交渉が一番困難を極める……残念ながら、私も同意していました。

研修の冒頭、それぞれの自己紹介を行なっているときでした。それぞれの担当業務を紹介し、全員が話を終えたその時です。講師はこう言いました。

・ 皆さんは、交渉を誤って捉えていること
・ 社内との交渉など、そもそも存在しないこと

そもそも社内、同じ法人に属しているということは、究極的な目標は同じであるはずですね。究極的な目標が同じであれば、利害関係にあるとはいえない。故に、究極的に利害を調整する「交渉」は存在し得ない、というのがその主張の根拠でした。

しかし受講生は納得しません。実際に苦労しているわけですから(笑)私自身もサプライヤーの生産能力不足を補うべく、サプライヤーはもちろんの事、社内の営業部門とも納期調整を行なう最中、そんな時期にその研修は行なわれたのです。双方の主張がかけ離れていればいるほどに、議論は白熱し、私は社内を相手に「交渉」をしていました。しかし、社内を相手にして「交渉」は成立しえない……納得できそうで、納得できない、なにか釈然としません。

● パートナーシップと交渉

私が実際に働いている自動車・機械関連の業界では、2000年頃から部品供給サプライヤーとバイヤーの関係で、構造的変化が起こっていました。内製よりもアウトソース化、制御系の電子化といった流れの中で、サプライヤーとのリレーションで最も大きな影響を及ぼした変化は、系列外取引の拡大です。某自動車メーカーに日本人でない社長が就任し、おこなった系列解体。部品取引にプラスになると考えられ、かつての日本経済の強みとまでいわれた系列取引が、実は企業業績の足かせになっていたといった論拠によるものです。当時、実際に私の身近でも、不文律とされていた、決まったサプライヤーとの取引が、次々と覆されてゆきました。

系列という取引の後ろ盾を無くしたバイヤーとサプライヤー。本来であれば、自由に経済的合理性を追求することで、バイヤーとしてのフィールドは広がるはずでした。しかし、その後の戦後最長といわれる緩やかな景気拡大により、系列外取引の出鼻はくじかれてしまいます。実際に、系列を崩した自動車メーカーと、系列を温存・強化したメーカーでは一時期、その業績に明確な違いが表れます。しかし、一旦崩してしまったものは、すぐには元に戻りません。そんな時期に、サプライヤーとの新たなリレーションを象徴する言葉として「パートナーシップ」が登場します。

「パートナーシップ」の定義を辞書に求めると、「友好的な協力関係」とあります。元々サプライヤーとの取引の拠り所になっていた「系列」が崩壊し、新たな拠り所を模索した結果です。2005年に約70社の大手製造業のホームページに掲げられた「資材調達方針」を見てみると、実に約90%もの企業が「パートナーシップ」という表現を使用していました。友好的な協力関係の中で、バイヤーはどのような交渉を実践すればよかったのでしょう。

● 新・交渉論とは

ここで、今回述べる交渉論の前提として、交渉の定義付けします。これから述べる交渉とは、

「それぞれ利害関係にあり、意思決定権をもつ2社以上が、自社にもたらされる利害の調整を行ない、その結果を同一の目的として共有し、目的達成のために実行へと移すことを約束する一連のプロセス」

とします。

この定義にある「利害関係」とは、冒頭の例にあるような、いわゆる「社内調整」を意味しません。このメルマガでの想定読者は、企業に勤務するバイヤーを想定しています。従い、バイヤーとしてサプライヤーと行なう、利害関係をともなう調整事と理解してください。

先に、2000年以降に発生したバイヤー企業とサプライヤーとの間に発生した「パートナーシップ」という言葉に象徴される変化を述べました。2010年も暮れようとしている現在、サプライヤーリレーションの観点で、残念ながら「パートナーシップ」が実践されているとはいえません。しかし、構造変化は着実に進行し、さらに新たな状況変化も相俟っています。バイヤーの我々には、交渉を実践する際に置かれた「環境」がとても大きな影響を及ぼしているのです。

● じゃぁ、社内調整はどうするの?

しかし、です。実際のところ、QCDで無理難題を要求される局面も、バイヤーとしては十分に想定されます。所属する法人としての利害は既に決しており、コストや納期、品質確保にともなう負の側面を、バイヤーを通じてサプライヤーへ押しつける社内勢力と対峙するのはバイヤーの責務です。理不尽な物言いは承伏できないし、どのように折り合いをつけるかは、まさに交渉そのものにも思えます。

今回の新・交渉論では、最後にこの悩ましい「社内調整」についても、取り上げます。しかし、交渉論としての本論ではありません。似て非なるものでもない。そもそも論が異なるのです。

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