「クラウド化」というフレーズがさかんに繰り返されています。クラウド、クラウド。誰もが言っているこのフレーズは、さも新しい概念のようです。

クラウドとは何でしょうか。一般的には、GoogleやYahooなどのIT企業のサービスについて指しています。クラウドを、ちゃんと定義するのであれば「クラウドコンピューティング」あるいは「クラウドコンピューティングサービス」という言葉を使うべきでしょうね。「インターネットを経由して、各社のサービスを利用できる」というものです。

また、アプリケーションやハードディスクは、これまでであれば自分のパソコン内にあったものが、サーバー上に移行しています。クラウド(雲)のなかにあるように、自分のパソコンと離れたところにアプリやハードディスクがあるので、「クラウドコンピューティング」というわけです。

これは最近ずっと喧伝されています。しかし、これはまったく新しい概念なのでしょうか。

もちろん、否定はしません。ただ、私はこれまでにも身近なところでこの「クラウドコンピューティング」は存在していたのではないかと思うのです。それは、「お金」。私はずっと「お金」こそ、クラウドコンピューティングの嚆矢だと思ってきました。

たとえばこのメルマガの読者の平均預貯金額は、銀行口座に500万円ほどと推測できます。ただ、その500万円という大金を実際に見たことがある人は少ないはずです。きっと、データ上では見たことがあるでしょう。でも、500万円とは画面上や通帳上だけで存在するものであって、実際に触れたこともないのが普通です(注・ちなみに「預貯金」と書いたのには理由がある。「貯金」とは主にかつての郵便局にお金を預ける行為に使用した言葉だからだ。だから厳密には「預貯金」と言ったほうがよく、「貯金」とは使わない方がいい)。

お金とは今では完全にバーチャルなものとなりました。給与が振り込まれる、何かをクレジットカードで買う、それが引き落とされる。それは数字上だけでのやりとりです。しかも、データ交換がそのまま金銭交換とイコールであり、物質的世界から離れたところでの出来事に過ぎません。

サラリーマンの威厳がなくなり、夫と妻の力関係が変化したのは、給与振込が開始されてからだ、という論者がいます。私はその意見に必ずしも賛成しません。しかし、これまで夫が給料日には札束を持って帰ってきていたところ、あるときを境に給料明細しか持って帰らなくなった。これは夫の威厳を失わせる、夫が働いているのだという事実を忘却させる、大きな要因だったのだ、という論は否定しがたい魅力を持っています。

お金は物質的意味を漂白され、完全にデータ化してしまったというわけですから、たかが「データ」を持って帰る夫の力が弱くなるのも当然だったのでした。

また、お金のデータ化による悪しきものとして、「クレジットカード中毒者」の出現もあげられます。これまでお金が物質的意味を持っていたときは、可視的ですから、身の程をわきまえたお金の使い方しかしなかった層が、クレジットカードを使ってばんばんお金を使い始めたというわけです。私もときに使いすぎてしまうことがありますから、人のことはいえません。でも、きっとクレジットカードがなく、お札を一枚一枚払っていれば、きっと買わなかったであろうものがあることはたしかです。

お金はデータ化され、それによってお金というものの大切さや「リアル」が失われている時代でもあります。もちろんそれはカード会社や小売業が、お客の財布を開かせるための戦略でもあったわけです。

しかし、これを逆手にとることもできるでしょう。ある宝石バイヤーから聞いた話ですが、そこのバイヤーは絶対に現金で仕入れるそうなのですね。もちろん、現金商売だから割引率が高まるという利点もあります。それに、仕入先によっては現金しか認めてくれないところもあるようです。

ただ、より重要な点は、バイヤーが現金で仕入れることによって「コスト感覚」が研ぎ澄まされるからだというのですね。これは私にとって新鮮でした。製造業や小売一般のバイヤーのように、見積書にサインして、あとはERPに入力して、月末締めの翌月自動払い……ではありません。あくまで、現金を使って仕入れることで、お金のリアルをかみしめながら支払うわけです。会社のお金がどれだけ減ってしまうのかを肌身で感じながら交渉するわけですから真剣度が違います。100万円を支払うときには、自分の身銭がなくなってしまうのと同じような感覚を味わうようです。

そして、その感覚こそ製造業や小売一般のバイヤーが身につけるべきものではないか、と私は思います。

これは思考実験にすぎないのではないか、と言われるでしょうが、私はバイヤーに現金を持たせて調達させる企業があれば、コストは一瞬で下がると思っているのです。こんなことをいうと、「セキュリティの問題がある」などという人がいます。いや、そりゃどんな制度にも問題はあります。完璧な経理システムと言っていたところでも不正や汚職は起きるのですから、それは運用の問題でしょう。それに、付帯的な問題を論じる前に、まずは本題を論じてもらいたい。

お金のリアルがなくなるということは、バイヤーにとって切実な問題であろう、と私は思います。会社のお金だから、と思ってしまえばどんな真剣な交渉もありえず、真剣な戦略構築もないでしょう。

データ化した社会を転覆させるのは難しい。これは私も認識しています。しかし、バイヤーがリアルな現金を持って調達・購買行為を開始すれば、そのお金のリアルを取り戻すことは間違いありません。

1000万円のカスタム製品を交渉するときは、お金を横に置いて交渉したら真剣になるでしょうね。いや、別にエンターテイメントとして愉しみたいわけではありません。なれあいの中での、駆け引き無き仕事と、適度な緊張感を維持した、本気の仕事とでは、どちらのほうがバイヤーを成長させるかは問うまでもありませんよね。

お金のリアルがなくなったとすれば、せめてそのリアルを取り返すささやかな工夫を。実は私はこのテーマで本を書く予定なのですが、そんなところに「調達・購買改革の一手」も潜んでいるように思えてなりません。


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