「皆さんが、おうちに帰り着くまで、それが遠足です!」

私が数十年前、まだほんとうに何もしらなかった小学生の頃、楽しかった遠足も終わって、学校にたどり着き、家路に向かう解散の前に必ず校長先生や教頭先生から贈られた言葉である。遠足を、社会科見学とか修学旅行なんかに置き換えても通用する。果たしていつまで聞き続けたろうか。コントにも使われたりするくらいだから、きっと多くの先生が、遠足を締めくくる最後の戒めとして、児童そして生徒へ贈っていることになる。

贈られた「うちに帰り着くまでが遠足」という言葉には、いくら遠足そのものが楽しい思い出に満ちあふれた時間であったとしても、自宅までの帰り道でなにかしら事故にでも遭ったら、楽しい思い出が台無しになってしまう、だからいつも以上に気を引き締めて、という願いが込められている。

そして、この言葉の内容について、いろいろ思いを馳せてみる。遠足終了して下校がその一部であれば、朝、通い慣れた自宅から学校までの登校も遠足の一部になる。普段の登校+遠足+普段の下校がワンセットだ。その全てのプロセスにおいて、気を許すことなく注意を払いましょうということになる。いや、もっと言えば、スケジュールが決まって、行き先を検討し始めるといった企画の初期段階には実質的に遠足は始まっていることになる。私は、交渉というものを考えるときに、いつも校長先生の言葉と共に遠足を思い出してしまう。

バイヤーでなくとも、ビジネスの世界に身を置く人間であれば、日々交渉事と無縁ではいられない。いや、基本的に上司の指示によってのみ自分の仕事が決まり、内的な仕事をしていて、サプライヤーさんとか顧客との接点はないから、交渉なんてしていません……と言ったって、上司が行う指示、そして受け入れた事で、その上司とは交渉の一歩寸前まで来ている。指示を受けた仕事の期日を、繁忙度合いによって一日延ばしてもらうなんて事が起こっていたら、立派な交渉を行い、成立し、尚かつ期日を延ばすという自分の主張を通したことになる。

私が考える交渉とは、日常的なものだ。それはたとえ重要なサプライヤー・顧客が相手であっても同じ。私にとっては、重要である相手であればなおさら、交渉は特別なものでなくなる。冒頭の遠足の例えによるなら、家に到着するまでが遠足だったら、遠足の企画がおこなわれた時点がその開始なのである。サプライヤー、顧客との出会いの瞬間から、交渉は始まっているといえるし、仮に空間を同じにせずとも、電話やメールでのやり取りを持たなくとも、日々お互いの置かれた状況は刻々と変化して、両社の交渉に影響を与えている。

この考え方の場合、極論すれば、身の回りのすべてが交渉へ繋がっているともいえる。従い、交渉相手は多岐に渡る。サプライヤーはもちろんの事、上司や部下、関連部門の同僚、そして自分の家族に至るまで、人は日々交渉事のまっただ中にいる。そして日々何回も、何十回も微細な交渉を、普段の行動としておこなっているのである。

そんな私にとって、一般的に据えられているであろう所謂交渉が、実は一番交渉に遠い。日時を設定して、出席者を吟味する。複数の人間が出席する場合には、誰が主交渉者となるのか。どのように話を展開し、どのように結論を導くのか、想定される相手の反応はどうか、そして想定問答はどうするか。そんなことは、ほんとうの交渉からすれば些末なことだ。そして現実はどうか。私はこう考える。交渉が実施される瞬間までの自分と、交渉相手のやり取りの中で、既に結果が出ていることではないかと。

そんな場は、恭しく日時を取り決めて、細々と調整をした上で行われるけど、一種のセレモニーだし、つまるところ双方の意思確認の場に過ぎない。もちろん、そのような場は、社内的にも、もちろん交渉相手との関係性という面でも重要だ。ただし、交渉をどのように実施・展開するのか、という本質論からすれば、それ以前、もしくは以降に、いくつでも重要なターニングポイントがあった、もしくはあることになる。そして、そのように設定された場のみが、唯一無二のビジネスの行方を決定する交渉の場であるはずがない。

フィクションの世界では、優秀なネゴシエーターと呼ばれる人が登場し、一方的に不利な状況を起死回生の一手によりひっくり返すということが起こる。その瞬間は実に痛快だし、自分が行う交渉もそうありたいと日々願っている。しかし私は、日々是交渉というスタンスにたち、これまでに数千回にも及ぶ交渉を行っているが、そのように一回の交渉で状況がひっくり返るケースは経験していない。

交渉とは、事前に想定されたところへ結果が落ちてくる。私にとって交渉とはそのようなものだ。いわゆる交渉をする日だけに策を巡らせたところで、交渉相手とのビジネスのフローの中では、所詮付け焼き刃的アクションで終わる。

だからこそ、ビジネスの相手との作り上げるプロセスの中で起こること、その全てに理由や意義を持たせて、ほんの少し、見えるか見えないか位に微妙な有利さを積み上げることが、最終的なメリットをもたらす事になる。私は、ビジネスのスパンが長ければ長いほどに交渉を有利にする手立ては多くなると考えている。メール、FAX、電話、そして直接の面談、メーカーであれば工場への訪問そんなやり取りが多ければ多いほどに、自分へ有利にビジネスを展開する必要があるし、その可能性も多くなる。

逆に言えば、初めて会ったサプライヤーの営業マンと、一回だけ購入するモノ・サービスの購入条件交渉を行うことが一番困難を極める。理由は、基本的にバイヤーとは「買わない」」という選択肢を持たないからだ。必ず買わなければならない。コスト削減の手法で、競合という手段が一番効果的といわれる理由がここにある。複数の売り手があるとき、バイヤーには選択の自由が生まれる。そして、複数の選択肢は、バイヤーの行う交渉にも大きな影響を与える。

従い、バイヤーにとって、同一製品・カテゴリーに複数のサプライヤーを見いだしたり、事前に購入先となるサプライヤーの概要や、自社の要求仕様を入手したりすることが重要になる。言うなれば、開発購買だって、サプライヤーマネジメントだって、それぞれの手法の実践が目的ではなく、交渉を有利にすすめるための一ツールといっても良いのだ。もし、交渉で有利な結果を導きたいのであれば、交渉相手との最初にどんなコンタクトをしたのか、そして今に至るまでどのような関係を築いてきたのかを思い起こしてみることをお奨めする。どんな結果が導かれるのか、それはおのずと決まってくるのである。

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