3.幹事で獲得すべき誉れ

幹事をみずから買ってでることの価値に驚かされるエピソードがある。

「お前が東京で学んだことは大きいなぁ~」

かつて私と机を並べ、一緒に働いていた後輩社員の話。この後輩社員は、家業を継ぐために退職して実家へと帰って行った。そして地元での飲み会の幹事を引き受けた時に、友人から言われたのが冒頭の言葉である。
その後輩がおこなったことはこうだ。

1.飲み会の開催場所の予約(一次会、二次会)

2.開催日の調整と、出席者への連絡

3.当日の会計

こうやって書くと、幹事がごくごく普通にやることをやっただけである。しかし実際には、次のような+αを付加していた。

(1) 一次会、二次会共に、出席者の嗜好によって、料理やお店の雰囲気を吟味して、開催場所を選択

(2) 一次会から二次会への移動時間を考慮に入れた予約時間の設定

(3) ちょっとした粋な演出

いつもとは違ったスムースな進行と粋な演出と雰囲気により、地元の友人から冒頭のようなお褒めの言葉を得ることができたのである。結果、いろいろな場面で幹事を頼まれるようになり、幹事役を通じての人脈の広がりがビジネスにも良い影響を生み出しているという。事実、彼の家業にこの100年に一度の不況の影響は微塵も感じられない。不況によって失うビジネスもあるが、この後輩には、新規の商談の話が絶えないのだ。これが幹事を引き受け、気の利いた飲み会をアレンジすることで生まれているとすれば、幹事の効果恐るべしである。

ここで一つの疑問が浮かぶ。円滑な宴会をおこなっただけで、新規の顧客獲得へ本当につながったのかということだ。宴会へ出席した人の中には、アルコールが進んで、最後にはいったい誰が幹事かがわからないほどに酔った人もいただろう。つまるところ、ただの飲み会である。そのアレンジを滞りなくおこなったところで、それをビジネスに直線的に繋げるにはいささか無理がある。

その後輩が扱う製品は保険だ。生命・損害保険の代理店を経営し、自ら営業、保険請求等をおこなっている。扱っている最大の製品は自動車保険。中小損保会社の製品には、特徴的な保障を盛り込んだものもあるが、大手保険会社から提供される製品そのものでは、なかなか差別的優位性を確立しにくいのだ。

営業たるもの選ばれなくてはならない。しかし扱う製品には、競合会社と比較しても大きな差は見いだすことはできない。そんな中、選んでもらうためにどういった営業活動をおこなうのか。保険とは転ばぬ先の杖である。自分が抱えるリスクをヘッジするために保険料を支払って、あって欲しくはない事態に備えるもの。そんな困った事態に陥ったときを想像して欲しい。人間として信頼できる人に、サポートをお願いしたくなるはずだ。想定外の事態であればこそ、安心を取り戻すために一刻も早くである。保険の営業マンが幹事をすることは、楽しく心地よい時間を演出することによって、出席者から安心と信頼を獲得しているのである。その事が、後の営業に多大な影響を及ぼしているのだ。

ここで、私は保険を売っているのではない、バイヤーだ!とはいわないで欲しい。このエピソードは、普通のサラリーマンにも活用できるヒント満載なのだ。

今、自分が働いている部署を想像して欲しい。自分の勤務成績を正確に知っている人は何人いるだろうか。非常に近くで……机を並べていたとしても、実際に自分の給料に影響している成績を知っている人間は、ごく限られているはずである。実務に関係する人間の中では、数人であり限りなく一人とか二人ではないだろうか。

問題は、あなたの勤務成績を知らない人過半数の同僚達が、あなたをどう評価しているか、である。勤務査定とは異なって、複雑な評価項目はない。いい人、悪い人、仕事ができる人、できない人。非常に単純な評価項目である。しかしそういった同僚の根拠に乏しい主観的な評価が、自分の働く環境に大きな影響を及ぼしていることを忘れてはならない。

普段の仕事で密接な関係を持って、お互いの人となりを理解し合っているのであれば、さほど気にする必要はないかもしれない。でも、同じセクションに籍を置いていても、滅多に話をしない、仕事ではまったく関係のない人はいないだろうか。ただ普段仕事をする場所が距離的に近いという人だ。基本的に関係の薄い人であれば、別にどう思われてもいいやという考え方もある。周囲にいる全員から高評価を得たり、そのために奔走せよと言っているのではない。そういった距離的に近いだけの人の評価も、更に距離的に遠い他部門から見れば、距離的な近さがその評価内容に信憑性をもたせる結果になる。そして、そういう人ほど一緒にいる短い時間のある瞬間を切り取って全体の評価に置き換えてしまうのである。その評価を決定してしまう短い時間の一つに、幹事があるのである。

自分が幹事をおこなった飲み会で自分の評価を決められてたまるか、と考える人もいるだろう。でも、その短い時間から切り取られた一瞬の評価が悪かったばっかりに、マイナスの評価を得ていたらどうだろうか。自分の正当な仕事上の評価は、自分の周囲でも限られた人しか知り得ないのである。その他大多数の評価がマイナスになった場合、面白おかしく仕事を進めることができるだろうか。自分が困難な状況へ陥ったときに同僚のサポートが受けられるかどうかは、まっとうな評価項目といって良い。周囲からのサポートの有無は、実際の仕事のアウトプットにも大きな影響を与える。距離的に近い人は、自分の評価にも決定力を及ぼすと考えるべきなのである。

送別会や、歓迎会、いろいろな懇親会の酒席・宴席の幹事は、一般的にその集団の若手に任される。誰しもが新人時代に、いろいろな幹事を引き受けた経験を持っているはずだ。引き受けたというより、やらされたといった感が強いかもしれない。しかし集団の中で若ければ若いほどに幹事を引き受ける価値の大きさが高まる。仕事での貢献が少ない分、幹事での貢献が評価の大半が占めてしまうのだ。

そして幹事でおこなうべき内容をまとめてみたいと思う。宴会の幹事は、仕事に必要な能力が同じように求められるのである。

1.お店探し(情報収集能力)

2.開催日時設定(スケジュール調整、アポ取りと、調整能力)

3.会費の徴収と、会計処理(経理的知識)

4.当日の進行(状況掌握と、次の一手を見極める力)

5.出席している人への気遣い(顧客への配慮)

6.上記1~5をバランス良く見通す力(大局を見極める)

幹事をおこなう上で、実行しなければいけない事は、すべて仕事にも必要不可欠な内容になっている。そして、幹事は若いときにやることが多いと書いた。実際の仕事で一年目の新人に、ビジネスの大局を見させることはない。それは経験豊富な人間が確かな目を持って見るべき内容だ。しかし、飲み会で上記の1~5を新人自らおこなうことは可能ではないだろうか。幹事は若手に押しつけているものではなく、この5項目を仕事上でおこなっていく訓練であり、試行錯誤の場であり、新人社員でも実行力を切磋琢磨するチャンスといって良い。出席者に楽しんでもらって「ああ、昨日は楽しかったよ」と、そんな誉れを得るまたとない機会になる。たかが幹事、されど幹事なのである。

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