次の文章は、私としては異常に気に入っているものです。ただし、「調達・購買の本」としてはふさわしくない文章だとしてボツになりました。どうも観念的すぎるというのですね。どこかでみなさまの目に触れることがあるかもしれませんが、そのまま眠ってしまうのも残念ですので、「エッセイ」として載せておきます。

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『成長することと諦めること』坂口孝則

 子供のころ、一つの壮大な観念が私を襲っていた。

 それは「自分以外の人間がすべて幻ではないか」というものだった。自分はたしかにいる。しかし、他者の存在が心底信じられなかった。「もしかして、目の前にいる母も、今日いっしょに遊んだ友だちも、実はぼくが創り上げた幻想ではないか」。

 その観念は高校生くらいまで私を襲い続けた。

 大学生になってから、この観念は哲学的には「独我論」と呼ばれるものと関わっていることを知った。しかも、このような考えは私だけのものかと思っていたところ、そうではないらしい。高校生まで襲われていた人たちはいなかったものの、同種の考えは多くの子供たちが罹患するらしい。

 すると、社会人になった私を襲ったのは、種類の似た、しかし逆方向の観念だった。それは、自分以外の大きな力のみが世界を動かしているのではないかという脅迫観念のような想いだった。

 自分の給料明細を眺めたことがある。そこには10万円台前半のささやかな金額のみが私の銀行口座に振り込まれたことを教えてくれた。一ヶ月、私がそれ以上の働きをしていたかは、当時の上司に訊いてみるしかない。ただ、世界の億万長者としてランキングされる一握りの人たちとの資産状況と比べて、その絶望的な差にただ驚くほかなかった。

 数兆円の資産を持っている人がいる。そのいっぽうで、たった十数万円の手取り給料と、20万円ほどの銀行残高しか持たない自分がいる。私はそんなに、その一握りの人たちと能力が異なるのだろうか。数万倍の懸隔があるのだろうか。

 もしないとすれば、社会構造上、私たちは永久に歯車として生きていくしかないのではないか。大きな力のみが世界を動かしているのではないか――。

 そんな幼年期とは逆の観念だった。

 そこから、私は陰謀説についてふれた本を読みあさった。ユダヤ陰謀説、ロスチャイルド、フリーメーソン。そしてオカルトとしか呼べないようなもの。それらの説は、一部の真実と、多数の想像をもって書かれたものだろう。というのも、数人のみが思い通りに動かせるほど、世界は単純にできていないからだ。

 次に私は、社会政策の類を読み出した。マクロ経済から、政策論、社会論から、格差論。それらを俯瞰したのち、一つわかったのは「大きな世界の枠と、小さな個人の戦略は別物である」という当たり前の結論だった。もちろん世界の動向は役立つ。政策論も社会論も自分の立ち位置を確認するためには有益だ。しかし、マクロな話と、個人がどうすべきかは違う種類の問題だと、理解の遅い私はやっと認識するに至った。

 たしかに世間では格差社会が問題になっている。上流と下流の差は激しくなっていくだろう。また、日本の政治家は無能かもしれない。年金制度も社会保障も、とても信頼に足るものではないかもしれない。日銀の金融政策しだいでは、日本の景気は大きく左右されるのも、真実だろう。ただ、世間一般が不景気だと傾向を知ることはできても、そこからは「だから自分も貧しくなっていく」と言い訳しか出てこない。政策がすべてだというのであれば、それはミクロなレベルでの改善が無意味だという結論にしかならない。

 もちろん、節約や支出抑制といっても、すべての努力が無に帰する可能性がある。しかも、私たちは巨大な力が支配する構造のなかで、「生きがい」とか「幸福」を感じているだけかもしれない。いやほんとうに、すべては幻想なのかもしれない。巨大な力が支配しているだけかもしれない。個人の努力などそもそも意味がなく、私たちは大きな流れに翻弄されるだけの存在かもしれない。

 ただ――、と思う。そんなニヒリスティックな考えのみでは、何の前進策も導くことができない。私は以前「コスト削減を図ること、節約することとは、大袈裟にいえば、よりよい生きかたを模索することではないか」と書いたことがある。幻想のなかであっても、巨大なシステムのなかであったとしても、まさに生きている「自分」という現実に変わりはない。マクロな動向はどうであれ、自分は自分なりにできることから始めていくしかないではないか――。

 これが私の新たな信条となった。24、25歳くらいのときのことだ。

 節約や、支出削減は、人生を一変させるようなものではないかもしれない。ただし、目の前のことから地道に始め、かつ「意味のない支出」によって、大袈裟にいえば徐々に人生を好転させていくこと。そして昨日より、よりよい明日を目指すこと。

 私にとっては、それは支出削減とつながっている。

 人生を一変させることができなくても、少しでも変わろうと努力することはできる。
きっと、誰にだって、できる。 。

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