産業空洞化への対応(牧野直哉)

産業空洞化への対応(牧野直哉)

「なんとかなりませんかね~」

先日、新規サプライヤー開拓で訪問した会社の社長の発言。米ドルの為替レートが$=¥80を大きく割り込んだ状況を憂いた心の叫び。ただ、そんな発言を聞いた私は、その前の工場見学の光景と発言の内容を重ね合わせ、少し複雑な思いを抱いていました。

その企業は、3つの大きな事業の柱をもっています。そのうちの一つが、電気機器の組み立てです。数週間前まで組み立てをおこなっていた現場に作業員の姿をみることはできません。組み立てに必要な机が整然と並んでいるだけです。

「インドネシアの工場に生産を移管したんです。もうこの為替では、国内での組み立ては無理です。コスト的にまったく合わない」工場見学の際、そんな説明が行なわれていました。

円高による産業の空洞化を憂う一方、自ら空洞化の片棒を担いでいる。これは多くの企業が直面した課題に対して多くの企業がおこなった対処です。海外へ移管した側からすれば、やむを得なかったのでしょう。突きつけられた課題に対処しただけ。今マスコミ誌上を賑わしている「産業空洞化への危惧」の現場です。

日本はこれまで3回、産業空洞化が問題となりました。一回目は1985年のプラザ合意の後の円高の際、二回目は1990年代半ばの円高の際、3回目は2000年代初頭の新興国の台頭の際です。騒がれる度に、日本企業はなんとか生きながらえてきました。そして今回4度目となるこの事態。ここで忘れてはならないのは、原因はどうあれ起こった経営環境の変化に対応してきたという事実です。

私は二回目の産業空洞化の際、積極的に空洞化を進める仕事をしていました。海外へ進出する日本企業相手に、設備機器を販売していたのです。まさに日本の産業空洞化を推し進めていたというわけです。大きな会社から小さなところまで、こぞって海外進出をしていた。一方、実際には引き続き日本国内で、国内企業を相手に仕事をする企業は多くあります。これまでに3度起こった産業空洞化を促す経営環境の変化で、自らを大きく変える必要がなかった企業が多く存在するわけです。

大きく変えずとも、変わらざるを得なかった部分はあります。例えば1990年半ばの産業空洞化。このときは製造業が必要とするあらゆる材料が安値安定していました。材料が安いが故に、自社製品の価格を安くして日本国内での生き残ったわけですね。自社製品を安くするのが小さな変化かとお叱りを受けるかもしれません。しかし、仕事やり方や仕組みに踏み込むことなく、お客様へ提示する金額を下げただけ、これがデフレの要因とも言えるわけです。もしろん、従業員が受け取る対価にも大きな影響が出たでしょう。日本人の平均賃金は下がり続けています。経営環境が大きく変化する中で、自社の仕事の仕組みを温存する場合、どこかにそのしわ寄せがゆきますね。なにか今の日本は、そんなしわ寄せに多くの人が堪え忍んでいる、そんな風にも思えます。

産業の空洞化を叫びながら、一方でその促進を担わざるを得ない、これが今の多くの日本人の置かれた実情ではないか、そう考えてみます。為替の円高は、一企業、まして一個人ではどうすることもできない環境の変化です。で、あるならば、積極的にためらうことなく推し進めるべきものではないでしょうか。事実、私は円高を憂いつつ、一方で対応する企業をいくつも見ています。それでは、積極的に推し進めるにはどうしたら良いのでしょうか。

例えば先日訪問した企業。現地に数名の日本人を駐在させています。日本の本社には数十名の社員を抱えています。そして電気機器の組み立てを移管した東南アジアの工場には、数千人の社員を抱えています。日本の感覚で言えば大工場ですね。社員の数だけ見れば、持ち株会社と事業会社のような関係です。日本の社員に話を聞くと、円高で生産を海外へ移管するのはやむを得ないといった発言が多く聞かれました。今回の1ドル=¥70円台半ばの円高によって、我々日本人は、実感は伴わずとも世界では高給取りになっています。実感が伴わないことで、なかなか高給取りにともなった動きができないわけですね。我々に必要なのは、高い給料に見合った働きなのです。

例えば訪問した会社を例にします。最近電気機器組み立てを海外へと移管しました。移管した瞬間、日本国内工場と海外工場における技量の差は大きいはずです。その差を埋めるべく、日本人が現地へ行って技術指導をします。現地の力量を持ち上げる活動と同時に、そもそも日本側が持っていたノウハウの更なるブラッシュアップを進めるとの声は聞かれませんでした。これまでにおこなっていた組み立ての内容を聞いてみると、個々の要素は多岐にわたっています。そのすべてにおいて、さらなる高い技量と効率を目指すことはできますよね。現地を指導しながら、技量やノウハウの差が縮んでいくのを呆然と待つのでなく、さらに差を広げる取り組みってできますよね。現地の工場では、日本ほどサプライヤーがいるわけではないので、内製化率も高いそうです。だったら、日本では自社に乏しいリソースもあるわけです。その部分へノウハウを蓄積する取り組みだってできますよね。

日本から海外へ生産を移管した瞬間は、技術指導といった名目で日本人にも仕事は生まれます。しかしただ現地の技量を上げるだけでは、それこそ日本の存在意義が失われてゆくばかりです。組み立てに必要な人件費という総額で評価した場合、仮に日本の1/10の人件費の国だったら、工数は10倍でやっと日本と同額になります。人件費のみの差額に着目する生産移管は、効果が有効な期間も短くなります。日本がこれまで歩いていた道は、今後多くの新興国が歩み行く道です。日本は、新興国がこれから歩み行く道の先導者として、どうやって進めばいいのかを伝えることはできるはずですね。ものづくりといっても、そのノウハウはソフト的な要素です。経済のソフト化という言葉は、既に使い古された感があります。しかし、実態としてソフト化をどのように実践するのかの部分は未だ迷いを強く感じます。生産移管によって日本の技量やノウハウを現地へ持ち込んで、現地での実行が追いつかない程に、日本側でノウハウのさらなる蓄積を図っていくことでしか、超円高なこの時代に日本は生き残れないのではないかと考えるのです。そのためには、ものづくりの実作業の面では、積極的に空洞化を推し進めつつ、技量やノウハウの向上はこれまで以上にスピード感を持って取り組んで結果を残す必要があります。

繰り返しになりますが、今回の円高によって再び巻き起こった産業空洞化への懸念。しかし、産業の空洞化を実行するのも我々と同じ日本人です。それは生き残りを目的とした当然の行動でもあります。単に、人件費の差額に寄生するような海外への生産移管であっては日本の衰退を進めます。日本では、さらなるノウハウの蓄積を行なって、移管し続けることが必要なのです。し続けられるノウハウを得ることが、世界で高給取りとなってしまった日本の一つの生き残る道なのです。

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