2011年ハード労働、ハード学習宣言

2011年ハード労働、ハード学習宣言

ある月末に、サプライヤーからの見積りにサインをしてコスト決定を実施していたときのことだ。それを上司に持っていったら、数秒後に破られ、「こんなレベルで持ってくるな」と言われた。今でも、そのときの様子を細かく記述できる。背中から大声が聞こえてくる。説明しに来い、というわけだ。上司の隣に立った私は、一つひとつの項目に対して、細かな細かな質問を受ける。

「このコストで妥当だと判断した根拠を述べよ」

「比較した対象を述べよ」

「この製造コストは何人分だ」

いくつかは答えることができたものの、その全ては無理だった。

「そんなことも分かっていないのかよ」と呆れられる。

腹に見積書を突き当てられ、「もう一回破れっていうのか!」と怒られる。24時をまわっても、そのほとんどが終わらない。そんなことの繰り返しだった。

そこから、私は華やかな解決策を見つけ、一瞬で私の業務スピードが上がった……かというと、まったくそんなことはなかった。バイヤー業務には、魔法の杖などなく、地道に改善することしかなかった。

見積もりを見つめ、一点一点を理解できるまで繰り返し、どこか穴がないかを仮説とともに推論していく。また、想定質問を自分の頭の中でシミュレーションし、それをサプライヤーにぶつけていく。そんな愚直な繰り返しの中からしか成長はできない、ということを私は身に染みて理解している。

このところ、一瞬で自分を変えることができるかのような幻想が流布している。もちろん、何かの事件をきっかけに、大幅に人生を好転できる、というようなエピソードはドラマティックではあるものの、現実にそんなことは起こらない。もし、若手のあなたが、現状を一変させてくれる出来事が起こらないかと期待していても、そんなことは期待しても無駄である。

白馬に乗った王子様は、やってこない。0.1%ずつでも、自分で一歩一歩進歩していくしかない。それが、物語と現実の違いである。その「白馬に乗った王子様」とは、努力を重ねていった先に現れる、新たな自分のメタファーであり、それほど運を天に任せることほど危ないものはない。

一つの目安として、若手は年間4000時間ほどの労働は必要になるだろう。最近は、「効率化」という言葉ばかりが独り歩きしていて、それを手に入れるまでの試行錯誤がすっぽりと抜け落ちている。

では、4000時間を年間の労働日で割って、一日にどの程度が必要なのかを計算してみよう。もちろん、これに加えて、勉強時間も加算されるだろう。

おそらく、これを人生の焦点と呼ぶ。焦点がぶれると、たしかにさまざまな趣味は愉しめることになるだろう。しかし、それでは、基礎力は身につかない。基礎力を身につけるためには焦点を一つに定め、かつ他の物事を切り捨て、集中的に時間を投入していく、ある種の「愚直さ」が必要とされているのである。

昨今では仕事のショートカットばかりを狙う書籍があふれているものの、そんなものは「嘘つけ、このやろう」である。私は、その種の書籍の著者の多くが、実はハードワーカーであることを知っている。

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