コンプガチャと日本のゆくえ(坂口孝則)

コンプガチャと日本のゆくえ(坂口孝則)

・それでも誰かは買っている

私は空き時間があれば新宿西口のヨドバシカメラ「ガチャポン館」に立ち寄る。地下一階に200台ものガチャガチャが並んでいる、かなり壮観なところだ。ガチャガチャとは説明不要だろうけれど、カプセルに入ったオモチャを販売する自動販売機のこと。

はじめは、子どもがいない新宿西口で、誰がガチャガチャに興じるのかと私は思っていた。しかし、次々とお客が入ってくる。先日の金曜日には40歳代(推定)のサラリーマンがやってきて、ダチョウ倶楽部のストラップに1000円以上をつぎ込んでいた

「うわ、また上島竜兵だよ」との独り言は、もしかすると私に話しかけてほしかったゆえかもしれない。

誰がこんなもの買うんだよ、と思うものも、つまり「誰か」が買っているから成立する。エスパー伊東さんのガチャガチャがあることに私は驚愕したけれど、それも、まあ、需要があるのだ。私にとってこのヨドバシカメラ「ガチャポン館」は一つの定点観測場所となった。

おそらくガチャガチャの魅力の一つは、しょうもない景品でも、それを買うドキドキ感そのものを売り物にしていることだろう。その商品価値にかかわらず、消費者内部にあらわれる好奇心そのものから集金しているのだ。そしていまでは、デジタル上のガチャガチャである、コンプガチャが人びとの好奇心を最大限に醸成するにいたった。

・コンプガチャ狂想曲

コンプガチャとは、インターネットゲーム上でアイテムを入手するガチャガチャのことだ。そのアイテムとはカードのようなもので、カードを入手するとゲーム上で特別な能力を発揮できる。さらに、そのカードのうち特定のものを集めると、さらに特殊なカードが入手できる仕組みだ。ランク上のカードを入手するためには、何度もそのガチャガチャに挑戦しなければならず、次々にお金が飛んでいく。

ただ、それでも射幸心を煽られたユーザーは次々にお金を費やしてしまう。これが「月額数十万円も使ってしまった」子どもたちを生み出し、消費者庁をはじめとする当局がコンプガチャ規制に乗り出した背景だった。

かつて年長者の知人から「ソーシャルネットワークサービスとかなんとかいうのは、新しいネズミ講かね」と訊かれたことがある。なるほど、「ネットワーク」に反応したのだろうか。私は「違います。mixiとかGREEとかの、誰かと誰かをつなげるネットサービスで、新たなビジネスモデルなんですよ」と説明した。「つなげる? そりゃやっぱりネズミ講かね」といわれた。私は説明をあきらめた。

しかし、ソーシャルネットワークサービスから派生した企業が、コンプガチャを利益の源泉としていることを知ったら、やはり前述の知人は怪しげな商売だと思うだろうか。

・コンプガチャの素晴らしさ

ここで私は、各社がコンプガチャを止めた経緯や、当局とのやりとり、今後の法規制――などを解説したいわけではない。その種の内容であれば、どこにでもあふれている。私が述べたいのは、コンプガチャのビジネスとしての凄さだ。

多くのソーシャルゲームは、はじめ無料で提供される。無料といっても、一度始めたゲームをクリアしないと何か自分が負けた気分になる。私たちは「時は金なり」という価値観に染まって生きている。何かを途中で止めることは、その行為がムダだったと認めることになる(考えてもみてほしい。住宅モデルルームや自動車の展示場に行き、長時間説明を受けると、それらを買いたくなるのは、説明を聞くことに長時間費やした自分の行為を正当化したくなるからだ。買わなければ、もっとも貴重な時間をたんに浪費したことになる)。

ガチャをいったんはじめてしまうと、すべてのカードを揃えないと気がすまない。なぜなら、それまでの自分の時間が無駄になるという意識が働くからだ。

消費者に深く考えさせずお金を払わせるビジネスを「思考停止ビジネス」と呼ぶ。普通であれば、人びとは何かの消費行動を行うとき対象物について

1. 比較:目の前の商品が最適かどうか、他の商品と比べて吟味する
2. 分析:買おうとしている商品が最適な価格かどうかを調べる
3. 変える:そもそも違う商品が良いのではないか検討する
4. 買わない:商品を購入するべきか検討する

という四つの可能性を模索する。

しかし、思考停止ビジネスでは、「対象物の中毒にさせる」「買い手の自制心を失わせる」ことにより、この四つの可能性を抹消する。

その意味で思考停止ビジネスは、まさにビジネスのお手本といわなければいけない。GREEとDeNAが生んだコンプガチャ的なるものは、たしかに新産業だ。両社は人びとを自社サービスの中毒にし、自制心を失わせた。私は、コンプガチャが射幸心を煽り、人びとがお金を費やしてしまうといわれるたびに、むしろこのビジネスの素晴らしさを思い、この2社の卓越性に賛辞を送らずにいられない。コンプガチャ自体は消えても、類似の思考停止ビジネスはソーシャルゲームでこれからも開発され続けるだろう。

・知人との会話

しかしまあ、それでもなおコンプガチャの倫理性について問う声はあるだろう。

「ところで……。サービスを提供しているところはGREEDだっけ?」
「GREEDって……。お前、失礼なこと言うなあ。違うよ、GREEだ」
「そうか、もう一社はDQNだったな」
「DeNAだよ。お前、わざと間違っているだろ」
「コンプガチャって、文字を入れ替えると、『チンコがヤプー』になるぞ」
「なんだ、その『ヤプー』ってのは。あの伝説のカルト小説『家畜人ヤプー』のことか」
「そうそう、『家畜人ヤプー』では主人公が去勢されていただろ。お客を去勢し、思考停止にしてお金をとるっていう点では同じだわなあ」
「彼らは新たなビジネスモデルを作ったんだぜ。バカにすんなよ」
「バカにしていないよ。GREED(貪欲)って間違えたのも、肉食系だっていうホメ言葉が無意識に出てきちゃったんだ」
「草食系より肉食系がモテるからな。でも肉食動物は胃ガンによる突発死が多いらしいぜ」
「『胃ガン』、これも入れ替えると『因果』か……。因果応報。よい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがある」
「コンプガチャってのは、よい行いなのか?」
「それは今後の両社の行く末が証明するだろ」
「そうだな」

わざとらしいが、両社の健闘を祈る。

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