判断をするということ

判断をするということ

私は今の職場に配置換えされてから、そろそろ五年になる。五年の間、仕事の内容は変わって来ているが変わっていないこともある。
それは、「自分で企画してそれを実行しない限り、仕事は何もない」ということだ。大きな目標は与えられているが、それは「購買の仕事全体をより良くする」というような漠然としたものでしかない。
思えばそれまでの十有余年は、ルーチンワークに追いまくられるライン業務か、納期に追いかけられるプロジェクトメンバーの仕事しかやったことがなく、いわば「忙しいが失業の心配はない」立場であった。
この職場に移動してからは、極端な話、朝会社に出勤してもやることがないという状況もあり得る訳で、これはこれでプレッシャーがかかるものだとわかった。ただしフリーランスの方と違って、それでも(当面は)給料が保証されるのであるが。
この仕事を続けてきて最近思うことは、ライン業務時代と違い、自分の行動や判断の結果が他の人に及ぼす影響が大きいため、軸を自分の中に持っていないといけないということである。言うのは簡単だが、これが難しい。なるべくその場その場で最良の行動や判断をしてゆくとしても、後から振り返って間違った行動や判断であったということが、結構起こってくる。これは行動や判断を行う時点で、何かを見落としていたり、その時点で自分の知識が足りなかったり、視野が狭かったことが原因である。
間違っても良いとまで、自己弁護はできないが、せめて間違いを振り返り、同じ過ちをおかさないようにしたいとは思っている。
なんといっても最悪なのは、間違いを恐れて何もしないことであるから。

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